おとしだま

ジャニーズ初心者のブログ

奇跡があるということ 夢が叶うということ

はぁーーーーテレビも(ゴゴスマしか)ねぇ!ラジオはある!FCもジャニショ*1も円盤もねぇ!グッズも(ほぼ)ねぇ!ドル誌も(連載は)ねぇ!うちわもペンラもコンサートもねぇ!オラこんな村は嫌じゃないけど正直どうしたらいいか分からなくてちょっと戸惑う〜〜〜〜〜〜と思いながら飛び込んだふぉ〜ゆ〜の世界は、たった2年で目覚しく変わった。吉幾三に合わせてねぇねぇ言ってたものは目まぐるしいスピードでだいたい揃った。あの頃は想像もしなかったジャンルのお仕事まで増えた。私は登り調子のすごく良いタイミングからふぉ〜ゆ〜を見始めた調子のいいやつだなぁと思う。先人に感謝。

 

Winter Paradise 2019 〜ふゆパラ〜

結成8年目にしてはじめてのふぉ〜ゆ〜のコンサート*2 ふぉ〜ゆ〜は歴が長いから「はじめて」なんてそうそう出会えるものじゃないと思っていたけれど、ここたった2年を振り返ると意外と結構あった。そのはじめてたちは、ジャニーズ事務所のタレントを応援していればほぼほぼ付随するであろう「当たり前」だったように思える。当たり前はあまりないけれど、それでも仕事は山のようにある。道無き道を開拓し続けるふぉ〜ゆ〜はすごい。かっこいい。今まで自分が当たり前だと思っていたことが無いから自分の応援の仕方が正しいのかいまいちよく分からないけど、このひとたちを応援すると決めた。

 

コンサートの知らせを聞いた時は文字通り飛び上がった。ふぉ〜ゆ〜がコンサートをやらないことに正直そこまで不満は無かった。でも、やっぱり夢見てしまう。ふぉ〜ゆ〜のふぉ〜ゆ〜によるふぉ〜ゆ〜ファンのための単独コンサ〜ト。コンサートというのはただでさえ楽しいものだ。それをあんなに素敵な4人組がやったら絶対絶対楽しいもの。コンサートが無いことに不満はないけれど、その上でコンサートをやってくれるなんてなんて幸せなことだろう。私は時々「ふぉ〜ゆ〜のサマパラとかどうっすかね!?」と冗談めかしたツイートをしていたのだが、まさかのふゆパラ。予言者自称しようかしら。(当たってねぇよ)

 

初日があけてすぐにセットリストを調べた。なにせ私はこれまでふぉ〜ゆ〜が歩んできた道を共に歩んでいないから、セットリストを予習していかないと知らない曲ばかりになってしまう。と思いきや、アッ!これ!進研ゼミでやったやつ!と言わんばかりにこれまでのふぉ〜ゆ〜の歴史を紐解く選曲。やっぱり彼らが辿ってきた道はKinKi Kidsと嵐とタッキー&翼、そして少年隊へのリスペクト。例えそこを知らなくても退屈しないであろう良曲セレクトと緩急のつけ方。なんだよぅ!ふぉ〜ゆ〜のコンサートめちゃくちゃ面白いじゃん!んもーーーなんで今まで隠してたの!知ってたよ!知ってた!

 

「Thank you for your love」

今回のコンサートでお披露目された新曲。「普段照れ臭くてなかなか伝えきれていないファンの人たちへありがとうの気持ちを歌にしました」とのこと。えっ何をおっしゃるか!?十分すぎるほどいつも伝えてくださいますが!?!?いつもたくさんの愛をありがと!?!?!?と思っていたが、ふぉ〜ゆ〜としてはまだまだ足りないらしい。なんて誠実で優しい人たちなんだろう。

バラードで始まりラップが加わる。大人でしっとりした曲かと思いきや2番に入るあたりで曲調が変わりキラキラの洪水が押し寄せてくる。ふぉ〜ゆ〜にはジャニーズ事務所でアイドルをやっていると当たり前のように付随してくるオプションがほとんど無い。本人たちもそのことを面白おかしく自虐している。それでもこのキラキラを発する人たちは紛うことなきアイドルなんだなと、ダイヤモンドだなと、眩しくて嬉しくて自然と涙がこぼれた。

昨年ENTA!にてオリジナル曲「Everything 4 You」が発表された時、カーテンコールで「配信などなんらかの形で絶対にみんなのもとへ届ける」と言ってくれた。何度も何度も、力強く、絶対に届けると真っ直ぐな目で約束してくれた。それなのに、それでも私はその頃ふぉ〜ゆ〜の言葉を100%信じきれず、E4Yを記憶することに必死になった。もう二度とこの曲に会えない可能性だって十分にあると思っていた。結果、E4YはBS朝日「My Anniversary SONG」で放送され、ENTA!2の記者会見映像としてLINELIVEで配信されて私の手元に残った。約束は守られた。そうだ、思えばふぉ〜ゆ〜は常に言ったことを実現してきてくれた。だからだろうか、今回「Thank you for your love」を聴くにあたって、私はふぉ〜ゆ〜のことを完全に信頼していた。記憶することに必死にならず、純粋にパフォーマンスを楽しんだ。LINELIVEという強い味方が出来たという打算も正直あるが、ふぉ〜ゆ〜なら絶対にこの曲も我々の手元へ届けてくれると信じられた。「奇跡」というとなんとなく棚ぼた的印象を受けるが、決して棚ぼたではない。この人たちは物凄い努力と粘り腰で何度でも奇跡と呼ばれるようなことを起こして夢を叶えてきた。疑り深い私がゴロニャンと腹を見せて甘えられるほどに信頼に足る人たちだと思った。

 

「見つけてくれてありがとう」と辰巳くんを筆頭によくファンに話してくれるが、ふぉ〜ゆ〜を好きになるタイプの人がふぉ〜ゆ〜を「見つける」のは、これまで難しかったように思える。一概には言えないけれど、2年前くらいまではふぉ〜ゆ〜を見つけるためには一旦どこかしらの入り口を見つけてジャニヲタになり現場へ行く必要があったと思う。外からは見えない知る人ぞ知る玄人感。ジャニーズという秘密のベールに包まれた謎のプロフェッショナル集団。でもふぉ〜ゆ〜が刺さる層ってむしろジャニヲタ界の外に多いんじゃないかな。この辿りづらさが(乱暴な言い方だけど)「売れない」原因なのでは?逆に言えばそこさえ何とかしてしまえばもっともっとファンが増えそうなものなのに。本人達にその力量がある。必要なものはちゃんと揃っている。あとは知るための手段。そして最近、この見つけづらさの壁が少しずつ、しかしものすごいスピードで取り払われていく。この秘境の温泉へ行くには電車とバスを乗り継いで片道8時間だったのに、ようやく直通の飛行機ができましたみたいな。いや飛行機はまだ早いかな。高速が通ったくらいかな(ハ?) 実際LINELIVE中に「LINELIVEがきっかけでファンになりました」というコメントが読まれたりする。ふぉ〜ゆ〜がどんどん外に向かっていってる。見つけやすくなっている。見つかっている。

 

書き出しに吉幾三に準えてあれもねぇこれもねぇ!と言ってみたものの、物足りなさを感じることはなかった。まぁそれは私がGACHI落ちだからだと思う。でも長いファンの人も不満を口にせず‪ただただじっと耐えてきただけな訳じゃないと思うんだ。だってふぉ〜ゆ〜がずっと幸せにしてきてくれたから。‬いやその頃のこと知らんけど、そりゃ長ければ不満もゼロではなかったはずだけど、あの人たちは必要な時に必ず不満やさびしさに勝る幸せをくれる人たち。少なくともわたしの目にはそう見える。だから当たり前にコンサートをやり新譜を出し雑誌に載りグッズや写真が販売されるグループを見ても、ふぉ〜ゆ〜を浮かべて「悔しい」なんて思ったことは一度もなかった。当たり前はなかなか無いけれど、当たり前じゃないところで満たしてくれた。いつもこちらが欲しい言葉をそれ以上の表現で与えてくれた。思いもよらぬ方向から新しい道を開拓してくれた。言ったことを実現してきてくれた。

 

ふぉ〜ゆ〜を「見つける」ことができてよかった。好きになった人が松崎くんでよかった。松崎くんの名前が祐介でよかった。ふぉ〜ゆ〜がふぉ〜ゆ〜でよかった。

わたしが言う「ふぉ〜ゆ〜大好き!」よりずっとずっとずっとずっとふぉ〜ゆ〜自身がふぉ〜ゆ〜のことを大好きで、それを惜しげもなく何度でもファンに伝えてくれるところが本当に好き。幸せ。ふぉ〜ゆ〜っていいなぁ。メンバーみんな本当に大好き。わたしは自分のことを自担命型だと思っていたが、ふぉ〜ゆ〜は自担じゃないすり〜ゆ〜のことも含めてまるっと愛おしい。心からそう思える凄いグループだと思う。今回一度だけ物凄いサイドの激レア見切れ席(どれくらい見切れかというと、オープニングで降ってくるジャケットの袖しか見えなかった)*3に入った。自担が全く見えない瞬間もたくさんあったが、そんなことはどうでもよかった。どの瞬間も本当に本当に楽しかった。短時間で仕上げたようには見えない素晴らしいコンサートだった。

 

たぶんジャニオタやってると当たり前に来るイベントが来なくて、でもふぉ〜ゆ〜にしか見せられない景色がたっっっくさんあって、それがめちゃくちゃ面白くて楽しくて幸せで、ふぉ〜ゆ〜のファンになれてよかったなぁっていつも何度でも思わせてくれる。その上でうちわとペンライトが発売されてコンサートが開催されたんだから何て贅沢なことだろう。最高だなぁ。でもふぉ〜ゆ〜はこれからもっともっと最高を更新し続けるんだろうな。そう思わせてくれるふぉ〜ゆ〜が大好きだなぁ。

 

Thank you for your love

奇跡があるということ 夢が叶うということ

 

そんな姿をこれからも沢山見せてくれるんだろう。

 

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*1:私の沼落ち当時

*2:ジャニーズ銀座はコンサートじゃないらしい…なんで…戸惑う…

*3:と言うとあれだけど、この席めちゃくちゃ楽しかった!チケット交換してくださったザキ担さんに感謝!

VS.わたし 2018〜2019

 

2018.8.31 フェスティバルホール

マイクの打点がいつもの倍の高さだ。そう気づいた瞬間に、今回はいわゆる神回だと確信した。

コンサートは進む。私の現場回数としては、8/31時点で Love Battle Tour は確か5公演目。正直なところ初見時のドキドキや興奮の段階は既に終えており、このコンサートをいつまでも憶えていられるように記憶する段階。この段階になるとどうしても初日の興奮度には追いつかないものだ。それは少し寂しいけれど、人間だから仕方がないだろう。しかし今日はいわゆる神回。初見時のドキドキとはまた別物だが、これはとんでもない回だという確信から胸がざわざわした。今日、塚ちゃん、めちゃくちゃ調子が良い。

塚ちゃんが曲中ハンドマイクを投げる所作は、他担にはあまり気づかれていないようだった。少なくとも私の周りでは「次は絶対に見てください!!!!!!!(激おこぷんぷんなんとかドリーム)」とギャンスカ騒がないと気付いてもらえなかった。見てもらいさえすれば「あれは格好良い!」と褒めてもらえるのだが、基本的には気付いてもらえていなかった。まあそりゃそうか。タイミングはほんの一瞬。見せ場でも何でもない箇所で行う。そうこれは塚ちゃんと塚田担しか知らない僕と君とのパスワード。

 

近隣のお立ち台にやって来た。嘘だ。そんな訳ない。だって私の近くに塚ちゃんは来ないもの。べつに嫌われてる訳じゃない。というか一人の人間として認識されてないから嫌われようがない。ただ単に運が悪いから。塚ちゃんは私の近くな来ない。私の近くに塚ちゃんが来るはずがないんだ。なんでだよ。あなたはいつも逆サイドに行くじゃないか。ということは、あれは塚ちゃんじゃないのか?じゃああの人は誰?いやいや現実逃避はやめよう。どう見ても塚ちゃんだ。だって首筋が汗でキラキラしているもの。現実逃避するために入ったコンサートで更に現実逃避するなんておかしな話だな。ここは怖ろしい場所だ。塚ちゃん、とても好きだよ。あなたは実在してるんだね。この眼に映るあなたは間違いなく立体だ。映像や写真で何度も見た存在が立体としてそこにある。どうしてだろう、音が聞こえない。耳には入っているけど理解ができない。なんの曲なのかわからない。コンサートなのに世界から音が消えた。とても静かだ。

というか、なんでよりによって今日。今日のあなたは一段と素敵。今日は常にトップギア。ものすごく調子がいい。張り詰めた空気を全て自分のものにしている。世界を支配している。なかなか途切れない集中力。多少ふわっとしても、すぐに持ち直す。こうなるともう目が離せない。いまこの瞬間においては、間違いなく世界で一番あなたのことが好きだよ。いまこの瞬間あなたは世界一の存在だ。どうしたらいいんだろう。そんな世界一のあなたがまさか手を伸ばしたら届きそうな気がするくらい近くに来るなんて。

 

特に何をした訳じゃないし、何があった訳でもない。目が合った。偶然、視線と視線が交わった。それだけ。本当にそれだけ。好きという魔法は恐ろしいもので、たったそれだけのことなのに髪の毛が逆立つように全身がビリビリして呼吸が浅くなりペンライトを持つ手はワナワナ震えリズムを刻むことができなくなった。今にも倒れそうになりながらそれでも立たなければと踏ん張った。たったそれだけのことなのに、びっくりするほど嬉しかった。果たしてこんなに感情を昂らせることを彼らアイドルは望んでいるのだろうかと一瞬我に返りかけたが、そんなことはどうでもいい。私は嬉しかったんだ。その価値を決めるのは私だ。誰かに口出しなんかさせるものか。私は嬉しかったんだ。とても。

 

 

 

 

 

2018.9.1 フェスティバルホール

3階からトリプルラッキーで1階のお立ち台にあがる橋本良亮くんを見つめた。ああなんて可愛いんだ。ニコニコはっしーちゃんは世界一かわいいよ。スポットライトじゃない、内側から発光してる。なんて綺麗な人なんだろう。世界の中心は間違いなく君だよ。整った顔も長い手足も全部全部、神様が愛情込めて作った一級の特注品だ。足の先から髪の毛の一本に至るまでとてつもなく格好良いのに、どうして胸が締め付けられるくらい可愛いんだろう。世界中の人はみんな君のことが大好きだから安心してお眠り。なんて無責任極まりないドロドロに甘々な言葉で包みたくなる。この人は特別なんだ。何が何でも輝いていなければいけないんだ。代わりに私が悪魔と契約して、世界の半分を君にあげよう。なあんてね。

周りのファンの人もとても嬉しそう。ファンの観察なんて悪趣味だな。これが担当じゃない余裕ってやつか。ああ、ちょっと待って、よく見たら、あそこにも、そっちにも、昨日の私がいる。私だ。あれは昨日の私だ。楽しそうな渦の中には似つかわしくない表情で異様なオーラを放つ真顔でひきつって動けない人たち。分かる。気持ち、すごく分かるよ。あなたたちは昨日の私だ。ひょっとしたら嬉しそうに手を振りながらファンサ団扇を掲げるあの子たちより顔面蒼白でひきつる彼女たちの方が橋本良亮くんへの愛情は深く重いのかもしれない。愛の総量なんて計れないけれど、その可能性は大いにある。ほら、あの人なんか真っ赤なワンピースを着て橋本団扇を胸に掲げてるじゃないか。間違いなく彼女は橋本良亮くんを愛している。なのにその愛ゆえに今にも殺されそうな強張った表情しか出来ない。「分かる」なんて簡単に言われたくないだろうけど、あなたが橋本良亮くんのことがすごく好きなんだなって分かるよ。

 

冷静に、客観的に、「損だな」と思った。気持ちは痛いくらい分かるけれどやっぱり今にも死にそうな視線を向けられるのは怖い。向けられてない私ですら怖いんだもの。やはり笑顔を向けられる方が気持ちいい。ああ、そうだ、分かっていた。そんなことは分かっていたんだ。出来なかったんだよ。出来るわけないじゃないか。だってこんなにも好きなんだもの。嬉しかったんだ。とても。ああ恥ずかしい恥ずかしい。私は弱い人間だ。いつかあの人の前で笑顔で立つことができるのだろうか。怖い顔してごめんね。好きって何なんだろうね。

 

 

 

 

 

2019.8.23 広島文化学園HBGホール

あれから約一年、コウイチはベッドで寝たきりの姿に(ピッ) ・・・ではなく、私は団扇を作るようになった。かねてより手作り団扇の存在を「公式に課金していないのにファンサが貰えるなんて不思議な話だ」と思っていたので、とりあえず作ってみた。自分も作れば何か分かるかもしれないと思った。内容はシンプルにお名前団扇。作った感想としては、なかなか大変に時間のかかる作業で「そんな大変な作業をこなすくらい好きになってくれてありがとう」というのとなのかな?ということで私の中で決着がついた。この決着は自分で納得がいっているので反論等は不要。そんなわけで「公式への課金表明+手作りする時間を厭わないくらいあなたのことが好きです」という折衷案(?)のもと、Going with Zephyr のお供は公式団扇に手作り文字を直貼りすることにした。私は団扇を手作りするようになったし、塚ちゃんは去年までのアレは何だったんだってくらいパフォーマンスが安定するようになった。いつ見ても同じクオリティ。従って今年はいわゆる神回が存在しない。少し寂しい気もするが、ああ塚ちゃんはまたいつの間にかアップデートしていたのかと嬉しくなってしまう。塚ちゃんは凄いなぁ。いつも無意識下に物凄い期待をかけてしまっているのに、いつだって私の期待の遥か上をピョーンと飛び越える。私自身は何一つ成長していないのに。勝手だな。勝手だね。

 

はじめての広島。A.B.C-Zがこの土地に私を連れてきてくれたんだなと思うと嬉しくてムズムズする。なんかいいな、ツアーって楽しいな。初めて広島の地を踏むこの足は羽が生えたように軽い。

なんの曲か忘れてしまったが、近くに塚ちゃんが来た。凄い、凄いよ、本物だよ。本物の塚ちゃんなんてそろそろ物珍しくもない現場数なはずなのに、何度見てもああ本物だと感激する。可愛いね、格好良いね、素敵だね、笑顔だね、元気だね、眩しいね、綺麗だね、楽しいね、エトセトラ、エトセトラ。どんなに遠くにいても割とずっと見てるんだけど、たくさんたくさん近くにいる塚ちゃんを見た。折衷案の改造公式団扇を左手に、黄色く点灯させたペンライトを右手に持って。

私は笑えているかな、正しくリズムを刻めているかな、振りコピちゃんと出来てるかな、気持ち悪くないかな、いやオタクなんてみんな気持ち悪いから、せめて楽しそうなお客さんに見えるかな・・・突如膨大な自意識が私を襲う。約1年前、大阪で反省したことを思い出す。うん、大丈夫、出来てるよ。去年の私よりずっとちゃんとお客さん出来てる。楽しんでるってきっと思ってもらえるような顔が出来てる。ああよかった。雑念は凄いけど、去年より少しだけ進歩した。

 

塚ちゃんがお立ち台から降りる。もう行ってしまうのか。長かったような、一瞬だったような、とても不思議な時間だったな。楽しかったよ、来てくれてありがとう。お立ち台から降りて私がいるブロックの前を通ろうと一歩踏み出したと思ったら、塚ちゃんは一瞬止まってピョコっと身体を傾けてこちら側を覗き込んでくれた。えっ、今、の、私・・・宛て?で、す、よね?えっ?えっ?えっ???見っ・・・

 

?????????!?!?

 

頭の中が「?」と「!」でいっぱいになった。今のは、幻?勘違い?え、勘違いだったらすごく恥ずかしいな。いや、でも、こっち見て、ピョコって・・・え??????

混乱していたら近くの通路をはっしーが通ったので一旦思考停止することにした。まずはこの瞬間を楽しもう、さっきのことは帰りの新幹線でゆっくり考えよう。

 

終演後、駅へ向かいながら「最高だったねーーーーーー!」と同行の友人と余韻を楽しむ。雨上がりの8月の夜、生温い風が私たちを包む。身体は火照っているが何だか気持ちいい。「限りのある世界だからこそ日常が特別なものになる」ってこういうことなのかな。最高だった。ねぇ、最高だったね。大通り、信号をふたつ渡ったあたりで友人が言った。

 

「塚ちゃんさぁ、お立ち台に来た時、最後にぽんたちゃんのこと見たよね?」

 

アアアアアァァァァァァ

 

「やっぱり?やっぱりそうだよね?あれ私へのファンサだよね?いや、そうなんじゃないかと思ってたんだけど!友人ちゃんその時なにも言わなかったから!私の勘違いなのかな?って、なんかグルグルしてた!ァァァァァァァ」(ここまで一息)

 

隣り合った二人の人間が同時にそう思ったのなら確定ではなかろうか。

・おや?って思ったけどぽんたちゃん特に反応してなかったから違うのかな?って思ってた (まさかの以心伝心相思相愛)

・そうでしょ、周り他に塚田担いなかったし (ワロタァ)

だそうですーーーーーーーーーー

 

これまで観察して得た個人の考えなのだが、塚ちゃんからファンサを貰うには塚田担をアピールするよりも「◯◯して」みたいな具体的な指定の方が貰いやすいのではないかという仮説がある。しかし私は例えファンサを貰えなくても塚田団扇を持ちたかった。ファンサを貰う確率を上げるために工夫するより、シンプルに塚田担として向き合いたかった。そりゃあ貰えないより貰えた方が嬉しいに決まっているけれど、何かをして欲しいというよりは元気な姿を見せてくれればそれだけでじゅうぶんだと本気で思っているので「塚ちゃんのファンはここにもいますよ」ということが先方に伝わればこの上なく大成功であって・・・ああなんかいい子ちゃんぶりっ子ちゃんみたいな言葉しか出てこないな。違うんだ。私の中にはもっと色んな感情がどす黒く渦巻いているのに。頭の中は心の色は誰よりも汚く淀んでいる自信があるのに。なんでか綺麗な言葉しか出てこない。綺麗な言葉しか紡げないのは私の語彙力が足りないからか、言葉にするには塚ちゃんという存在はあまりにも美しすぎるからか、はたまたその両方か。

求めていない。本当なんだ。本当なんだよ。ああそれなのに、足を止めて体をひねってこちら側を見てくれたことがこんなにも嬉しい。なにも望まなかったし今後も多くを望むつもりはない。なにも望まないのも本当だし、ファンサをしてもらえたことが震えるほど嬉しいことも本当。本当なんだ。すべて本当に本当なんだよ。あの瞬間、塚田担として塚ちゃんに向き合えたという事実があればそれだけでじゅうぶん。

 

 

 

 

 

2019.8.27 神戸国際会館

あの時のことは思い出すだけで涙が出てくる。私が神戸国際会館へ行くのも3年目。ステージ上で怪我する瞬間を見ちゃった55コン、落下物をキャッチして書いてあるメッセージを見て号泣したLBT、そして今年。神戸では泣いてばかりいるなぁ。

お席は1階お立ち台寄り通路から2番目。やたら通路横の席を引くと自負しているので惜しいなぁ(ただし私がいる通路には誰も通らない)と思っていたら、Twinkleでお立ち台に上がるために塚ちゃんがやって来た。うわーすぐ横を通るよー凄い凄い!と思っていたら通路側の河合担さんが場所を代わりましょうとジェスチャーで示してくれた。いやそれはさすがに悪いっス!と思ったので結構ですと身振り手振りで伝えるも、どうぞどうぞ!とすすめてくださる。うーーーん、こんなチャンス二度とないかもしれないよなぁ。たまたま通路付近の席で、自担が来て、しかもお隣さんがいい人でどうぞって言ってくれて、こんなに偶然が重なる確率ってそう無いんだから・・・なんてごちゃごちゃ「行くための理由」を探している時点で「あ、私は行きたいんだな」と気づいたのでありがたく交代してもらうことにした。が、真横を通る際に私にお尻(かわいい)を向ける塚ちゃん。隣ブロック同列の人がグイグイ呼ぶ感じで、呼ばれると行っちゃう塚ちゃん。。。ほんと素直な優しい良い子。。。天使。。。す、すっき〜。。。まぁ悔しいと言えば悔しいが、この席はお隣さんに代わってもらったおこぼれ席だし、私もジャニオタ黎明期に横アリで無邪気に塚ちゃんを呼んでファンサを貰ったことがあるので彼女の気持ちもようく分かる。そしてそのまま塚ちゃんは後列へと行ってしまいましたとさ。めでたしめでたし 〜完〜

 

 

 

 

と思うじゃん?

実際思ったよ私も。

 

 

 

 

また自担の逆サイ引きがち芸を極めてしまったか。いい加減己の才能がこわいぜ。と思っていたらよ。真横のグイグイさんにファンサして、更にその後ろの人(私の斜め後ろにあたる席)にファンサしたあと、急にくるっと振り返り2歩ほどこちらへ歩いてきた。行ってしまったと思っていた大好きな人が目の前に戻ってきた。私の目をまっすぐ覗き込んで、ハイタッチどうぞと手のひらをこちらへ向けてくれた。塚ちゃんの不思議なほどに真っ黒な瞳の中には私しかいない。口元はキュッと口角が上がっている。どうぞと出した左手は私の為。わざわざ戻ってきてくれたってことは、進行方向を見てファンサービスしながら「あーあそこにも自分のファンがいる」って気に留めてくれていたということだよね?そんなことってある?いいの?本当に?と思いながらそっと塚ちゃんの左手に自分の右手を合わせた。アクロバットを支えるあの手。ステージ上で、音楽番組の向こう側で、ミュージックビデオの中で、時にコンクリートの上なんかでも自重を支えるあの手が。2年前のあの日、大宮ソニックシティホールでこわくてこわくてフリーズして触ることができなかったあの手。自分の弱さをずっと後悔していたあの手。手と手を合わせた瞬間、塚ちゃんは目を少し細め口角をさらに引き上げ笑ってくれた。手のひらの感触を味わうほどしっかり触ってはいない。覚えているのは私の手より少しあたたかかったということだけ。天使の手に触れたとき、邪悪な心を持つ私はお天使パワーに浄化されてジュワッと消えると思っていた。しかし全くもってそんなことはなかった。普段わたしは塚ちゃんお天使お天使騒いでいるが、あの人は人間だ。人間なんだ。あの人の人生のうちの3秒を貰った。

 

去りゆく背中を見届けたあと、両足の力が抜けてその場に座り込んだ。ポロポロと涙が出てきて止まらない。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、本当に本当に嬉しくて、コンサートという世界一幸せな空間の中なのに人目もはばからずわんわん泣いてしまった。スペトラの振りコピを試みるもああこれは無理だと判断して感情を爆発させながら泣き続けた。お立ち台からステージへ帰っても、MCが始まっても、ようやく引いたと思っても塚ちゃんを見てまた涙がこぼれてきてしまう。結局、トゥインクルからブラックシュガーまでほぼほぼぶっ通しで泣いてしまった。それくらい嬉しかった。

いやね、ほんと、その程度でコイツどんだけ喜んでるんだよって話なんだけどさ、その価値を決めるのは私なんだよ。私が嬉しかったということは誰にも曲げられないんだよ。その程度で()ってマウント取ってくる人間は絶対にいるからさ、過去同担に嬉しかった話をしたら「そんなの普通だよ」って言われたことあるからさ、なんで他人に価値を決められなきゃいけないんだろうね。他人に何と言われても私が嬉しかったことは揺るがないのに。嬉しかった。本当に嬉しかったなぁ。

 

もし生まれ変わること 許されたら

また人間になって 僕のこころへ

 

そんなこと思ったこともない。できるだけ早く死にたいしそのあと何者にも生まれ変わる気はないし仮に生まれ変わるなら人間じゃない方がいいしましてや自分なんて絶対に絶対に絶対に嫌だ。そんなんだけど、でももしあの瞬間をまた味わえるとしたら、もう一度自分になるのも悪くないかもしれないと思えた。いや、冷静に、トータル嫌だよ嫌なんだけど、一瞬でも「あ、私、いいかも」と思えた。凄い。凄いよ。これは凄いことだ。

赤の他人に勝手に生きる意味を見出されるなんて迷惑な話だ。少なくとも私は他人からそんな感情を抱かれたくない。怖い。自分に少し触れただけで人目もはばからず泣きわめく人間が存在するってめちゃくちゃ嫌だ。怖い。そもそもなんでそんなに優しくてくれるの?こわくない?オタクなんて頼まれてもいないのに勝手に好きになって勝手に応援してるきもいやつだからシカトしていいよ?ああほんとうに私って気持ち悪いな。めちゃくちゃ号泣している私はおそらくお立ち台に立った塚ちゃんから見えていたであろう。ああ恥ずかしい。恥ずかしい。ごめんなさい。ごめんなさい。広島でなにかを克服したと思っていたのに、またふりだしへ戻ってしまった。

 

 

 

 

2019.9.3 グランキューブ大阪

隙あらば以前ブログに書いた橋本担と連番するので一向に交友関係が広がらない私だが、今年は会ったことない人に会ってみようと思って連番を持ちかけた。その人がイヤァァァァァァホギャァァァって席を当ててくれたのでそれだけでホクホクするわたし。塚ちゃんが近くに来ることは知っていた。だってずっと見ているもの。基本の立ち位置くらい覚えちゃうよ。

案の定、ペンライトコーナーで塚ちゃんがお立ち台にやってきた。知ってるー☆と思いつつもやっぱりドキドキしてしまう。右手のペンライトはライトセーバー、左手の団扇はシールドだ。せっかくはっしーが可愛く可愛く作ってくれたグッズなのに、この環境、両手に武器と防具を持たなければなければやっていけない。

お立ち台から少し内側へ入った席だったが、塚ちゃんはこちらを見てニコッと笑ってペンライトをシャカシャカ振ってくれた。嬉しくて嬉しくて、ジャンプ禁止の会場なのに思わずピョンっと小さく飛び跳ねてしまった。飛び跳ねた瞬間にうわ自分キモ!!!!!!!!と反省したのでこの瞬間のことだけはよく覚えている。なんともったいない脳の使い方。曲が終わり、座席でデロンデロンに溶けながら「ぇへへ…♡」と不気味な笑みを浮かべることしかできない。よかった、わたし、ちゃんとファンできた。ファンサしてもらってちゃんと喜べた。喜ぶ私も相当気持ち悪いよ、気持ち悪いけど、号泣するのと気持ち悪さのベクトルが違うんだよ。はぁよかった、ふつうにきちんとファンできた。距離感や起きた事象のインパクトなど違いはあるけれど、神戸での雪辱を晴らすことができた。

恐ろしいのだが、私はペンライトを振ってもらったことに全く気づいていなかった。いや、記憶が消えていたのかな?好きすぎて好きで好きだから視界がガリガリに削られて塚ちゃんの目しか見ていなかったような気がする。「あっいま目が合ってるー!」というのは分かったが、ペンライトを振ってくれたのは全く記憶にない。終演後に連番してくださった方が教えてくれた。スーパー慈愛センキュー。。。そうだ、勿体無いな。曲は分かるのにどのあたりでファンサしてもらったのか全く分からない。自担が近くに来ると世界から音が消える仕様なんとかしてくれ。ファンサしてもらった瞬間の歌詞が分かれば無理矢理にでも意味づけするのにな。だって私は愚かだから。

塚ちゃんは私に好きになってくれと頼んだことはないし今後頼むこともない。なのにどうしてこんなに好きなんだろう。話しかけることもできず、公式ペンライトをカチカチ操作して自担色に変え、運営が指定する規定に則った団扇を使って愛を伝える。なんなんだこの習慣ナゾすぎる。側から見たら世界一無意味なコミュニケーションかもしれない。その無意味なコミュニケーションにこんなに喜ぶ私ってなんなんだろうな。ああでもうれしい。こんなにうれしい。うれしい気持ちに理屈なんて意義なんて要らない。この好きだという気持ちが何なのかすら未だによく分からないけれど、それでいいんだと思う。

 

去年までほぼほぼ近くに来なかったのに今年はめちゃくちゃ近くに来るんだよな。なんだこれ。日記におこすにあたって省略しちゃったけど他にも目があったり手振ってくれたり、なんだ、なんなんだこれ。歌唱パート終わり0.2秒後にマイク持った手でタッチするためにこちらに近づけてくれたこと、嬉しかったな。

かつて舞浜通い時代にお恥ずかしながらファンサ狂だったことがある。「最前以外で見るとか何の意味があるの?」と本気で思っていたヤベェ時期がある。私はジャニオタになる前から知ってたんだ。ファンサしてもらった瞬間の脳がカァーッとあつくなる何物にも代え難いあの喜び、興奮、楽しさ。知ってたんだよずっと前から。エンタメの性質がそもそも違うから単純に比較は出来ないんだけど、私はやばいおたくになる素質を持っていると思う。とはいえ、思い描いたようなファンサを貰えなかった時に「今日は収穫なかったな」と思うようなあの頃には戻りたくないし、多分戻ることもないだろう。これまで貰ったファンサはめちゃくちゃ嬉しかったし特別な思い出だけれど、「塚ちゃんがそこに存在してくれることがファンサービス」っていう見解は変わっていない。どうして狂わずにいられるのかな。わからないな。難しいな。やっぱり塚ちゃんがお天使だからかな。

 

 

カバンの中に雑に押し込んだ銀テープがカサカサと音を立てる。未来のことなんて誰も分からないから「ずっと応援してる」なんて無責任なことは言わない。でもあの瞬間だけは永遠に本物だし、塚ちゃんが私にとっての塚ちゃんたり得る限り、たぶんずっと好きだなと思った。

 

 

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ショウほど素敵な商売は無い

やばいヤクをキメてきた。前日深夜に取引が成立し、当日約束の場所で売人からブツを受け取った。それは地下へと続く階段を下った仄暗い場所にあった。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

 

この書き出し、2年前に初めてGACHIを見た時の記録からそのまんまコピペしている。前回は知らない人から譲ってもらったチケットだが、今回は申し込み時に友人と一緒に取ったチケット。前回は都内在住でなんとなくフラッと足を伸ばしたが、今回は大阪から新幹線に乗って遠征。状況は当時と全く違うけれど、興奮の度合いが似ている。初めてGACHIを見た時の胸がざわざわするあの感じ。とんでもないものに出会ってしまってわけもなく涙が溢れるあの感じ。一分一秒片時もなくずっとときめいて恋をしているあの感じ。私はきっと生涯コレのことが好き。そんな確信を久しぶりに味わった。そういえば最近は芸能界お薬問題が顕著で、この書き出しもブラックにもほどがあるジョークになってしまった。2年の間に私は大阪へ引っ越してふぉ〜ゆ〜はジャニーズJr.の称号が取れて先輩後輩の何人か事務所を去り新しいグループが生まれタッキーが引退してこの間までクリエにいたジャニーズJr.たちが横浜アリーナを埋めるようになりジャニーさんが亡くなった。2年という歳月はあまりにもあっという間なはずなのに、私の身の回りもそれ以外も180度ひっくり返したように様変わりした。ふぉ〜ゆ〜は変わらずそこにいた。*1

 

舞台「SHOW BOY」

 

はじめてその概要を読んだ時、誠に失礼ながら私はあまり期待していなかった。なんでも見所は「メンバー全員がそれぞれ新しい挑戦をする」とのことで、福ちゃんはタップダンス、辰巳くんはマジック、こっしーはピアノ、ザキさんは台詞のほとんどが中国語…って、うーん、それ上手いこと混ざり合うのかなぁ?とりあえず既存のファンだけ喜ばせとけ的なかんじ?ハイここからピアノのコーナーですドーン!って感じの発表会になるのでは?なーんて、大変失礼ながら勝手に心配していた。*2その浅はかな考えはシアタークリエにてフルスイングでぶん殴られ木っ端微塵になって日比谷の空に消えた。日比谷の空は青かったし、私のすべてが間違っていた。

 

GACHI以来のシアタークリエ。GACHIは私にとってとても大切な作品で、どうしても忘れたくないから、見逃したくないから、焼き付けたいから、アホみたいに地方公演に通った。クリエは一度しか行けなかったが、気がつけば地方公演はほぼほぼ全通していた。ふぉ〜ゆ〜のことが大好きになった。私はGACHIが好きなんだ。好きな作品はGACHIだ。大切な思い出は時に枷となり私を縛り付ける。この凝り固まった脳みそが時に嫌になる。視野を狭める。選択肢がなくなる。可能性を断つ。しかしそんな凝り固まった自分のことは、そこまで嫌いじゃなかったりもする。頑固でもいいじゃないかとどこかプライドのようなものもあった。私は自分の手で「GACHIを好きな自分」を守る。だから、GACHIほど好きになる作品に再び出会えるとは思っていなかった。

 

舞台「SHOW BOY」を私の言葉で表すなら、一夜限りの奇跡のストーリー。それぞれ立場の異なる人たちが力をわせてひとつの目的を成し遂げるオムニバス形式の群像劇。偶然が偶然を呼ぶ化学反応。この例えが正しいのか、あるいはどこかに失礼にあたるかもしれないが、三谷幸喜作品のようだな、と思った。他人だった4人がそれぞれのパートで目的を果たそうとするのだが、気がつけば少しずつ関わっている。ひとつのほころびが次の事件を呼び、複雑に絡み合いもつれ膨れ上がっていく。何かひとつ欠けたら成り立たない緻密なストーリー。

にも関わらず、見る側のストレスが全く無い。ひとりひとりのパートが本当に面白くて、その中で少しだけン?と首をひねるシーンを残しながら、後からどんどん回収していく。事象と事象が繋がった瞬間がとても痛快。気持ちのいい脚本演出。終盤楽屋に全員集合した時のとっ散らかった感じなんて、あのまくし立てるようなスピード感だと置いていかれそうなものなのに、丁寧に作られているから台詞一つ一つに込められた各々の思いやすれ違いを瞬時に理解できる。めちゃくちゃ分かりやすくてとっても可笑しくて爽快。私のようなボンヤリした阿呆でも一発で理解できるクレバーなつくり。それを映像ではなく舞台でやるのがまた凄い。練りに練られた脚本演出にウウンと唸ったし、演者側も大変だったんじゃないかな。時間を巻き戻す時の動きとか、同じ動きを別角度から見るときのタイミングの測り方とか、大道具小道具のセットと回収とか。製作サイドも演者サイドもとても高度なことをしているんだろうなって素人目にも伝わる。終演後しばらくはすっかり忘れていたが、「メンバー全員がそれぞれ新しい挑戦をする」という勝手に抱いていた不安要素も、全く違和感なく変に目立たずすべて必要な事象としてストーリーに溶け込んでいた。拝啓、ウォーリー木下様、勝手に余計な心配をしておりました。大変失礼いたしました。敬具。

 

There's No Business Like Show Business.

終盤に流れる神田沙也加さんとふぉ〜ゆ〜のナンバー。ミュージカルの終盤にあるあるの「これまでの要素全部乗せ!」みたいな曲。私はこのタイプの曲がすごい好き。ふぉ〜ゆ〜 feat. 神田沙也加という構図が純粋に格好良い。ここが毎回ポロポロ泣けて仕方がない。多幸感溢れるメロディーなのにほんのり感じる哀愁。

SHOW BOYという作品が素晴らしすぎて、アレ?コレ世界で大人気のあの作品が日本初上陸!みたいな感じだっけ?ってフワフワしちゃうんだけど、この曲の「30代のアイドルまだまだこれから」みたいな歌詞聞いて「そう!これは!ふぉ〜ゆ〜のための!完全オリジナル作品!!!!」と改めて気付いて涙が溢れる。ふぉ〜ゆ〜のことを一旦置いておいても最っっっっっっ高の舞台だったのに、それがふぉ〜ゆ〜のために作られた作品でふぉ〜ゆ〜なしでは成り立たないことがほんとうに嬉しい。これはふぉ〜ゆ〜だから出来た作品なんだ。ああなんて恵まれているんだろう。その「恵まれている」ことも本人たちの実力、人柄、姿勢が成すもので、結局は努力の結晶なんだよなぁ。この人たちは本当に素敵だなぁ。 

 

SHOW BOYには様々な仕掛けがある。各サブタイトルは演出家が影響を受けた映画のタイトルなこと、これまでふぉ〜ゆ〜が演じてきた演目がカメオ出演(?)していること。「熱いのがお好き」「俺たちに明日はない」あたりでこれってもしかして?とほんのり気づいたんだけど、内容と直結するほど詳しくはない。そんな己の無知を恥じるけど、その部分が分からないからと言って内容についていけないことは全くない。本当に面白いエンタメって、知らない人は手放しに楽しめて、知ってる人はギミックに気づいてウウンと唸るようなものなんじゃないかな。シーンとシーンが交差してカチッとひらめくあの感じとリンクするし、ウォーリー木下さんの脳内とふぉ〜ゆ〜が歩んできたこれまでをひとつひとつ大切に閉じ込めたような、めちゃくちゃ愛溢れたつくりだなぁと思って感激した。

 

マジシャンの見習い10年、ギャンブラーの借金返して10年、この10年ってキーワード何かあるのかな?って考えていたら、エンジェルの「このまま続けて何もなかったら、その方が勿体ないんじゃないかって…」という台詞がふと思い浮かんだ。10年前、まだふぉ〜ゆ〜すら結成していない22歳の彼らはそう思い迷ったこともあったのかなって。表舞台を諦めた裏方が諦めきれていないことを指摘されたような、ギャンブラーが「人生って変えられるの?」という問いにうまく答えられなかったような、マフィアがふと我にかえり大切な人を想って自問自答するような、クビを宣告された見習いマジシャンが諦めきれない想いを一瞬抱いた後に「…無理」と寂しく笑うような、そんな経験があったのかもしれない。あってもおかしくない。彼らは明るく笑い飛ばしているが、壮絶な経歴だと思う。SHOW BOYは本当によくできた演劇だから、例えばふぉ〜ゆ〜じゃない人が演じたってきっと面白いだろうけど、このシーンの厚みはきっとふぉ〜ゆ〜ならではだろうし、ふぉ〜ゆ〜を想って作られたシーンなんだろうなと伝わった。迷っても続けてくれたからSHOW BOYが生まれたし、私もこうしてふぉ〜ゆ〜を知ることが出来たんだなと思うと、続けてくれてありがとうというありきたりな言葉しか浮かばない。この作品に、ふぉ〜ゆ〜に出会えてよかったなぁ。

 

さて私はふぉ〜ゆ〜の中でも松崎祐介さんを応援しているので、松崎さんのお話がしたい。

今回松崎さんは中国人マフィア、台詞のほとんどが中国語という難役(役以前の難易度が高い)に挑戦した。はじめてその設定を聞いた時はドッヒャーと飛び上がったし、どう受け止めればいいのかサッパリ分からなかった。あとビジュアルがどう見てもラーメンマンですありがとうございます。しかし初日を迎えワイドショーに映る一瞬の映像を見ると、なんか、え?金髪ロングヘアー?。。。。。?(首をかしげる)…まぁ、見なかったことにしよう。(逃避)

そして当日。ちょちょちょちょちょちょっと待ってあのラーメンマンどこ行った。ショッキングピンクのチャイナ服に黒いチャイナ帽のあのラーメンマンは??なんか白いスーツにジェルでパキッとオールバックキメた鼻の高いイケメンがいるんですけど??????ねえ奥様、うちのラーメンマン知りませんか????

あと子持ち設定な!!!!!!!!(涙拭)

ツイッターで事前に知っていたから初見時ヒョオゥ!で済んだけど知らずに見ていたら吐いてたかもしれない。私はざきめろ*3なので…。(わらうところ) あの人に子供が産まれたらあんな風にデロデロになるのかな。私の中のざきめろが病むから勘弁して欲しい。大丈夫、落ち着いて、あの劇中に出てくるママは私よ。マフィアの妻はわたしマフィアの妻はわたしマフィアの妻はわたしマフィアの妻はわたしマフィアの妻はわたしマフィアの妻はわたしハイこれはテストに出ます。ああでもある日突然「ふぉ〜ゆ〜実は全員妻子持ちでした」って言われても「ホォーンなるほど承知」って一瞬で納得してしまう気がする。

今回、字幕が出るとはいえ台詞が分からないからか、表情の演技に注目することができた。驚いたのがその表情筋のやわらかさ。喜怒哀楽と、その中間、どっちつかずな不思議な表情までまさに百面相。ナイスコンビネーションってキャッキャする子供のような表情も、潜入捜査官から逃れようと戦う真剣な表情も、我が子とのテレビ電話でデロデロになる表情も、本当は人を喜ばせる仕事がしたかったんだと悔やむ表情も、ディーバとして輝く表情も、全部全部すっっっっごくよかった。どの表情も筋肉の動きとしてはこれまで見たことあるはずなのに、役が乗ると見え方がまるで違う。ああこの人は俳優として素晴らしい物を持っているんだ。無限の可能性を秘めているんだって、まだまだ伸びしろがあるんじゃないかなって、私は俳優:松崎祐介をもっと見たい、もっと知りたい摂取したい噛み砕きたい。

えっ?「今年33」*4で未だそんなに可能性を見せてくれるの?きみはああ見えてひょっとして入所間もないちびっこジュニアかな?ペラペラでサイズ感がちぐはぐな衣装を着て、右も左も分からないけどひたむきにニコニコしながらガムシャラに前を向く無所Jr.まつざきゆうすけくん(11)かな?何が起こるか分からないブラックボックス、びっくり箱、ひょっとして闇鍋?ありとあらゆる可能性を、ピッカピカの無限の未来を見せてくれた気がした。しかしそのダンスや所作は洗礼されて美しく、入所したてのちびっこジュニアのそれではない。無限の可能性と磨きに磨き上げられた技術の共存。実際のところ「可能性を見せてくれる」というのはあくまで今回気づいただけの話。松崎さんはずっとそれを見せてくれていたのだ。私もやっとそのレベルに追いつくことができた。果たして今まで一体なにを見てきたのか我ながら不思議なのだが、私は松崎祐介さんの「今」が面白くて仕方がなくて、「今の」松崎祐介さんを見るのに必死で、その先については大して考えたことがなかった。私はようやくファンとして「その先」を見つめ始めたのか。これからどんな世界を見せてくれるのかというワクワクをくれた松崎さんはスーパーアイドルだなと。ああ私はとんでもない人を好きになってしまったんだなぁと思った。

 

幕が降りたそのあと、裏方とマジシャンは表舞台に立ち続けるのだろうか。すれ違ったままのふたりの恋の行方は?紗幕が降りたあと振られたようにも見えたけどどうなんだろう。「きみの前ではなぜか緊張しない」って完全に恋に落ちる台詞だったからマジシャンはエンジェルとくっつくのかな?マジシャンは根っからの「そっち」な気がしたけれど、どうなるんだろう。

台詞にはなっていないが、マフィアは潜入捜査官に自首をする。捜査官は時間を確認して逮捕…と思いきや、裏方が少しだけでいいからと言わんばかりに制止して抱き合いショーの成功を喜ぶ。主演ダンサーの言った通り、少なくともこのショーが終わるまでは大切な仲間。あの4人の中でも一番人生が変わったのはマフィアなんじゃないかな。いつか厚生して今度こそ家族に胸を張って言えるような仕事をして欲しいな。

ギャンブラーは結局妹の結婚式に行けたのだろうか。チップはおそらく捜査官のもとへ戻るから、99万円スって1万円からやり直し?その後が一番心配なのはマフィアではなく案外ギャンブラーなのかもしれない。

浮いた人間ふたり、沈んだ人間ふたり。でも浮いたふたりはこれからもがき苦しみながら前進しなければならないし、沈んだふたりは言わずもがな。でもきっと辛くなったらあの一夜を思い出して腐らず生きていくんだろうな。そうとしか思えないほどとびきりハッピーな最後だったな。偶然出会った4人だから、もしかしたらあの4人がまた一堂に会することは今後永遠に無いかもしれないけれど、人は忘れたくない一夜があればそれだけで大丈夫。生きていける。人生はこんなにも美しいと思えればきっとそれでじゅうぶん。

 

今回ありがたいことにクリエと名古屋それぞれの千穐楽に立ち会うことが出来た。クリエ楽のチケットを取ってくれた友達はアウトデラックス登場時からずっとふぉ〜ゆ〜が気になっていた学生時代からの友達で今回が初ふぉ〜ゆ〜。名古屋楽のチケットを取ってくれた友達はGACHIに誘った舞浜時代からの友達。ふたりともふぉ〜ゆ〜をなかなか気に入ってくれているようで、やはり良いものを作って全力で楽しくやればちゃんと誰かに見つかるんだなぁとしみじみ感じた。

そんなご縁で有難いことに立ち会えたクリエ千穐楽のカーテンコール、福ちゃんが話してくれた内容が個人的に印象的だった。

SHOWBOYの歌詞に『全てを懸けてこの瞬間を生きよう』とあります。でも実際生きてるとそんなの難しい話じゃないですか。でもステージの上だと不思議とそれができる。みなさんが生きている上で「この瞬間に全てを賭ける」ことが難しいんだったら、僕らが代わりにやって、それをみなさんに見てもらって、元気になってもらう。そういう気持ちでやってきました。

印象的と言いつつ超〜〜〜〜〜〜絶ニュアンスなんだけど、だいたいこんな感じのことを言っていた。

私はかつてエンターテインメントに救われたことがある。色々あってボロボロになった頃、エンターテインメントを摂取することで生きる活力を得られた。ただただエンターテインメントに甘やかされゆるゆると元気を取り戻した頃、「私はあのエンタメの主人公みたいに本気で頑張れているのか?」と胸がつかえるようになった。なんとか廃人にならずに済んだが、でもどうしても全力で頑張れなくて、これまで全力で頑張った経験も無くて、すぐスタミナや集中力が切れて、それなりにこなしてるだけで…。アイドルを見て頑張ろうと思えることは本当のはずなのに、どうして私はこんなにダメなんだろう。こんなに全身全霊の人を見ていながらそれに倣えずただただお金を払って消費し満足している私は一体何なんだろう。こんなにダメなのはひょっとして私だけなのかな、みんなアイドル見て全力で頑張ってるのかなって、後ろめたい気持ちになることがあった。それが最前線で活躍する人間となんとなく何かを諦めて日々騙し騙し生きている人間の違いなのかなと半ば諦めてもいた。

でも、もしかしたらそんなに気負いすぎなくてもよかったのかもしれない。福ちゃんの言葉で楽になった。こんなつまらない私もそこに存在することが許される気がした。私はエンタメを楽しんでいいんだと思えた。ああでも、こんなに素敵な人たちなんだから、せめて「僕たちのファンはこんな人です」って胸を張って言ってもらえるような素敵な人間になりたいな。あの人たちほどは無理だけど、昨日よりもう少しだけ頑張ろうって素直に思えた。

 

GACHIを初めて見たとき、ふぉ〜ゆ〜のファンいいなーって思った。ファンとしてこんな素敵な舞台に出会えて羨ましいなーって。GACHIはふぉ〜ゆ〜からファンへの最高のありがとうじゃんって。終盤のゆきえさんエモエモタイム、感情移入しているからその気になってうるっときつつも、あ〜これはこれまで応援してきた人が感動する箇所なんだなってどこか冷静な自分もいた。あれから2年、いまわたしふぉ〜ゆ〜のファン!嬉しいなー!ファンとしてこんな素敵な舞台に出会えて心から楽しめて本当に嬉しい!いいだろー!わたしふぉ〜ゆ〜のファン!フハハハハ!

 

ねえ 誰が言ったんだ 始めるには遅すぎるって

30代のアイドル このまま消えていくって

人生は変わらないって

 

でもThere's No Business Like Show Business.

 

 

*1:テレビ出まくったりLINELIVE始まったり色々あったけどね!

*2:作り手を信頼しないのは本当に失礼なことだけど実際期待値を落として自衛せざるを得ない作品もあるよね〜

*3:松崎祐介♡本気愛

*4:劇中の台詞

カレーの話

 

◾️

 

小学生のころ、とあるチャリティーイベントの露店でスリランカカレーを食べた。なんでも売上の一部だか全部だかをスリランカのどこかに寄付するらしい。なにせ小学生だから記憶があやふやで、古い上にローカル過ぎてインターネットを使っても詳しく調べることができない。もしかしたら記憶違いで、そのカレーは本当はスリランカのカレーですらないかもしれない。そのカレーの正体もチャリティーの意義も小学生の私にはどうでもよかった。ただそのカレーがとても美味しかった。辛い。一気には食べられないほどに辛い。小学生だった私にとって、これまで食べたものの中で一番辛かったかもしれない。しかしとても美味しい。なんだこれは。辛いのに美味しい。とても美味しい。辛いを苦痛だと思っていた私にとって、そのカレーは衝撃だった。イベントは不定期でやっていたのだが、目ざとく告知を見つけては両親にあのカレーが食べたいと頼み連れて行って貰った。

どういった経緯で情報を入手したのか分からないが、あのスリランカカレーを作っているシェフが家の近所にお店を出したことを知った。お店で食べるカレーは露店で食べるものと同じ味だった。辛い。とても辛いけれどやっぱりめちゃくちゃ美味しい。ご飯を境界線に2種のあいがけになっていて、食べ進めて行くと最後に2種のカレーが混ざり合って格別に美味しいのだ。親に頼み込んではそのカレー屋へ連れて行ってもらった。2種を混ぜるベストな割合を探ったり、逆にギリギリまで2つの味が混ざらないように食べたりした。どんな食べ方をしても、あのカレーはいつでも美味しかった。

中学生になり、いつのまにかそのお店が潰れていたことを知った。そう言えばしばらく行ってなかったな…と謎に責任を感じた。スリランカ人と思われるあのシェフはスリランカへ帰ったのか、はたまた別の場所にお店を移したのか、中学生のわたしには分からなかったし調べる能力もなかった。相変わらず例のチャリティーイベントは行われていたので、広告を読みながらスリランカカレーの出店が無いか探した。残念ながらそのイベントでスリランカカレーは食べられなかったし、以降あのスリランカカレーに出会うこともない。

 

◾️

 

成人しても変わらずカレーは好きだ。たまに気まぐれで知らないカレー屋へ入ってみるのだが、やはりあの味には出会えない。もしかしてあれはスリランカカレーでは無かったのか?なんて疑い始めるくらい出会えない。そうしているうちに年月が経ち、脳内であの味を思い出すことが出来なくなった。残っているのはとても美味しかったという文字情報だけ。味が思い出せない。これじゃあもしあの味に再会しても気付けないじゃないか。とても美味しかったのに。残念だ。

現在勤めている職場の近くがカレー激戦区だと知り、近所のカレー屋を極めることにした。別に意味はない。お昼休みの暇つぶしと、ほんのすこしの冒険。写真を撮り感想をちょこちょこ残し、分類したり順位をつけたり、ひとり脳内カレーワングランプリを開催していた。今日行ったお店は以前からマークしていた。珍しいホワイトルーのお店で、口コミの評判がよい。お昼時で混んでいるかと思いきや、外観が少し入りづらいためかすぐ案内してもらった。

一口食べて驚いた。ベースが「あの」スリランカカレーの味。とても美味しかったけれどどうしても思い出せなかったまさに「あの」味。一口食べただけなのに不思議とすぐに思い出した。味覚と記憶はこんなに直結しているのか。アボカドとチーズでおしゃれにアレンジされているが、ルーの味は全くおなじ。こんなことってあるのか。探していたなつかしい味にこんな場所で出会えるなんて。

 

 

 

私が辛いものを好むようになった原点はあのカレーなんだと思う。そしてジャニーズを好きになった原点はタッキー&翼なんだと思う。好きだったカレー屋をなくした中学生の頃、テレビで見たタッキー&翼の夢物語に釘付けになった。なんていい曲なんだ。完全に主観だが、未だにあれを超えるJ-POPを私は聴いたことがない。若さ、輝き、エネルギー、強さ。ステージで2人が歌うPVに映り込むお客さんのなんて楽しそうで幸せそうなこと!私もあの中に混ざりたいと思ったが、田舎の中学生の私には不思議とファンクラブに入るという発想がなかった。もしかしてファンクラブの存在すら知らなかったんじゃないかな。10代と20代のほとんどはジャニーズに興味を持たず過ごしてきたが、タッキー&翼のステージを見るために毎年カウコンのテレビ放送だけは見ていた。16年間、私はタッキー&翼が好きだったんだ。あそこでひとつボタンを掛け違えていれば、私は夢物語出のタッキー&翼のファンだったかもしれないんだよ。大人になってひょんなきっかけでジャニオタになった。せっかくジャニオタになったんだから、中学生の頃に衝撃を受けたあの世界の本物を見たいと願った。せっかくジャニオタになったんだからと、ふたりのレジェンドの復帰を待っていたんだ。

ついに願いは叶わなかった。偶然あのカレーに再会したように、いつかまたタッキー&翼に会いたいと願う反面、今日私が再会したのは「あの」スリランカカレーではない。もうどうしたって会えない。なにもない。もうなにも。そういうことなんだ。たぶん。

 

あれから16年。あのスリランカ人のシェフは元気にしているだろうか。

 

 

 

ジャニオタじゃない友達がA.B.C-Zの橋本良亮くんという沼にズブズブでなんかやばい

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タイトルが全て。ジャニオタじゃなかったはずの友達がなんかやばい。

 

その友達とは某舞浜で知り合った。初めて会った時のことはよく覚えていない。いつのまにか仲が良かった。おたくってそーゆーとこあるよね。

まずは簡単に彼女のプロフィールを。愛知県在住、アラサー既婚、舞浜の他にもいろいろ多趣味、お財布の紐は基本的に固いが一度外れるとゆるっゆるなザ・オタク。

 

舞浜を離れて寂しい私は彼女を2017年の55ツアー(名古屋国際会議場)に誘った。「ジャニーズ見るの初めて!」と了承してくれたが、今やお茶の間でお馴染みの金髪筋肉塚ちゃんですら認知が怪しい彼女。グループ名を聞いてもいまいちピンとこないコンサートはハードルが高いだろう。そう思いチケット代を少しこちらで負担して安く譲った。始まる前は「せっかくだから誰かのうちわを持ちたいけど家には要らないから終演後に引き取って」などと結構アレなことを言っていた彼女だが、終演後には

はっしー・・・♡」

落ちた。どのタイミングで琴線に触れたのか今となってはよく分からないが、ちょろい。

ちなみにこの時の彼女が持ったうちわはとっつー。開演前は誰でもいいと言っていたのでアミダで決めた。現在このうちわは私の夫*1の部屋にある。

愛知県在住の彼女にデルサタという神番組を教えると、なんの迷いもなくめざましどようびから乗り換え毎週視聴するようになった。「テレビで見なきゃ忘れちゃう」と言っていた彼女にデルサタはうってつけだった。

 

ちょろいと思いきや一筋縄ではいかない。デルサタは見るものの、財布の紐がまぁ固い。これは仕方がないことで、多趣味のくせにどの界隈にも軽率に大枚をはたくので、新しい界隈にはかなり慎重になっていた。つまりハマればとても良いお客さん。だがここで強く勧めてはいけない。オタクは興味を持てば自分から動くのだ。自分で動いて、少しずつ知って集めて、その達成感が「好き」を増長させ息の長いファンになる。諸説あり。*2 だから私は強く勧めない。強い気持ちで強く勧めない。新譜出るけど買い…ませんよねー!映画始まるけど見…ませんよねー!と、たまに情報や可愛い画像なんかは投げつつも、とにかく放置プレイに徹した。

 

時は流れ2018年コンサートの申し込みシーズン。2018年のLove Battle Tourは月金社会人にはなかなか鬼なスケジュールだった。去年の55コン終了後「来年また名古屋に来たら一緒に見ようね!」と約束していたにもかかわらず、月火は休みにくい職場なので「ごめん、名古屋のコンサート行けそうにないや…」と連絡した。前回のコンサートを終えてから半年ちょっと、茶の間のゆる橋本推し程度には成長したが、彼女は当然遠征なぞしない。「もしコンサートへ行くならチケットはこちらで用意するから、一緒に行けそうな友達探しといて」とダメ元で伝えておいた。彼女の中の橋本の火はおそらく辛うじてとろ火状態。今年コンサートへ行かなければこの火は消えてしまうかもしれない。私は焦っていた。

 

6月6日水曜日、この日は個人的LBT初日。今年の!!!!!コンサートも!!!!!最!!!!!高!!!!!だ!!!!!という終演直後のクソうざいテンションで友人に「もし迷ってるならコンサート行った方がいい」とLINEした。

「猛烈に悩んでいる。ひとりで行こうかな…」

なんですと!?!?!?意外な返信が来た。とろ火だと思っていた橋本良亮への熱は意外と熱かった。なんなの?石炭系オタクなの?(?) 以前から行くとしても1公演しか日程が合わないと聞いていたのだが、偶然にも私の身の回りで該当日のチケットを余している話を聞いていたので「私が代理で取引するけど行く?」と聞くと、

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まじか。朝6時に凄く丁寧な返事がきた。

そんなわけでシュババババッとチケットの代理取引を行い愛知県へ発送。ついでに予習用アルバムとペンライトも同梱して送った。レターパックプラスにギリギリ入った。ペンライトはちょっと欲しいけど終演後に使い道が無さすぎて手が出せなかったらしい。A.B.C-Zのコンサートはペンライトを持っていると持っていないでは体感55555倍違うので喜んで貸した。「まるで親戚の人のような世話の焼き方」と言われたが、こちとら塚ちゃんのおかあさん(自称)である。いや親戚もなにもおかあさんなんで。ちょっと何言ってるのか分かりませんね。

しかしここまで読んで疑問に思った人もいるのではなかろうか。

「えっ、この友達はチケット代だけでグッズはおろかアルバムすら買ってないの?」

ステイ、落ち着いてくれ、言いたいことはわかる。CDやグッズが売れないとコンサート出来ないもんね。私もこの頃は「やはり金銭的な意味で応援するファンになってもらうのは難しいのかなぁ…」と悩んだが、LBT後劇的に進化するから安心してほしい。あとグッズははっしーのクリアファイルだけ買った。職場で使うらしい。勇者か。

 

LBT名古屋コンサート終演後、

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彼女の中に「はっしーのおねえちゃん」という人格が生まれた。そして、

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A.B.C-Zの自称親族大集合(ツッコミ不在という地獄の空間)

 

正直ここまででもうじゅうぶん満足だった。完全アウェイにもかかわらずひとりでコンサートへ行くなんて、あの熱しにくい友人がよく育ったよ…。終演後の帰り道にずっとLINEをくれて、それがとても楽しそうでこちらも嬉しくなった。やはり現場というものは強いし、A.B.C-Zのきらめきがいちばん伝わるのはコンサートなんだなぁ(涙拭)「ざえびの振り付けだけでも練習しておけばよかった」と言っていたが、ざえび呼びしている時点でもう既にオタクやないか。

ちなみに以前ツイートした

これを教えてくれたのはこの友人だ。私の中で塚ちゃんだいすきエピソードがまた一つ増えた。

 

来年のコンサートのチケットは自力で取ると言っていたので、えび担としての友人の進展は来年のコンサートが発表された辺りか、はたまたえび座に興味を持つか。とりあえずえび座が発表されたらまた連絡してみよう。さらに欲を言えば、ゆっくりでいいから、受け身ではなく自主的に動くような、円盤を買う系のおたくになってくれたら嬉しいなぁ………(´-`).。oZZZ…

 

 

突然のひとりえびコン参戦から約24時間後。

友人、ぴあでコイベビ大阪のチケットを買う。

大事なことなのでもう一度言うが、彼女は愛知県在住である。コイベビに愛知公演は無い。え、突然の遠征…?すげぇ。勢いすげぇ。ジャニーズすげぇ。はっしーすげぇ。もうこれは完全に貰った!!!!!!!!!!!!はしちゃん!!!!!アンタおたく増やしたよ!!!!!!!!!

 

 

 

数日後。。。

 

ここ最近のりょうちゃんのオイタ(?)が光の速さで友人にバレた。知らない人は調べんでよろしい。気付くでない!と思っていたが、さすがツイ廃のサーチ能力。ばれるの早いわ。

このくだりは触れるか触れまいか迷ったが、彼女の成長物語には避けては通れないから記載させていただく。友人は「おバカ…」と悲しんでいた。はっしーのおねえちゃんとしての人格は捨てていなかったので、そこだけが救いだった。

最初はただA.B.C-Zを知ってほしいだけだった。私が好きなものを好きな人と共有してみたいだけだった。思いのほかコンサートを楽しんでくれたから、もしかしてこれから同じ目線で一緒に楽しめるのかなーとワクワクした。楽しいメリーゴーランドだと思っていたけど本当はそんなことなかったのかな。ああ、もしかしたら誘うべきじゃなかったのか。がっかりさせて申し訳ない。そう思いながらはっしーの良いところや可愛いエピソード、塚ちゃんの可愛い画像なんかをダラダラLINEした。さりげなく塚田担へのスライドの方向で勧誘してみたが、秒で断られた。

話の流れで発覚したことがある。

友人、はっしーの演技を見る前から下手だと思い込んでいた。

おま!!!!!!!!なのにコイベビのチケット買ったの?!?!?!?!?ちょ、、、軽率がすげぇな!!!!!!!!詳しく聞いてみると下手だと思う根拠は特になくて「若いジャニーズの演技なんて似たようなもんでしょ」という先入観のよう。なるほど。私にとってはっしーの演技が素晴らしいことは「夏はあついですよ」って言われているようなもんで、要するに至極当たり前になっていたから、そういえば全然そんな話してなかったわ。反省。参考までにこれからあなたが見ようとしている橋本良亮くんの演技力をお伝えしておきましょうか。橋本良亮くんの演技力は53ま

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ではないが、はっしーの演技は素晴らしい。

よろしい。それでは参考に何か動画を送りますか………ヤベェ、手元の資料がえびちゃんズーのBLドラマとバブバブ選手権しかねぇ。なんで世界は橋本良亮の演技力を無駄遣いするんや。

まぁ、でも、ふつうに面白かったし???えーいままよ!と思って「BLはしつかキッス」と「泣いてないもん選手権」の2本を送りつけた。

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ウケた。やっぱりはしちゃんの演技は素晴らしいんや〜〜〜〜〜〜!!BLドラマに関しては普通にめろりんしていた。

 

なんかこの頃にはもう立ち直っていて「脚長い」「職場で真似して組んでみたけどあんな風にならなかった」「千葉ヤンだと思えばなんか可愛いかも」物凄い速さで克服している!!!!!この短期間でジャニオタ悲喜こもごもを味わった友人はひと回りもふた回りも強く逞しくなった。彼女はもう大丈夫だ。いやいや待ってそんな形で強くなるのは本意ではない。なにより私の大事な友人をこれ以上悲しませないで欲しい。りょうちゃんメッ。*3

 

そんなこんなワーワーしていたら、我々の大イベントがやってきた。前々から約束していた一泊二日の東京ディズニーランド。私はこの日のためにスーツケースに写真集や過去の会報や押し貸し用のDVDなんかを仕込んでおいた。初日は別行動なので(ああオタク)、先にチェックインして貰って後からホテルのお部屋で合流だったのだが、友人は友人で盛り上がってしまい結局私の方が先にお部屋に着くことに。

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ええっ……………(困惑)

部屋に入ったらこれみよがしに置いてあった。パーソン買ったんかい。うん、いいよね、パーソン素晴らしいよね(困惑)

時差で友人が帰宅し、最近おしゃれになった(?)あの白いビニールの袋を見せてくれた。まさかそれは………………

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「初めて行った♡ジャニーズショップ!」

 

うおおおおおおおィィィィィィィィィ(困惑)

 

しかも買った量が初回購入にしてはなかなかで、曰く「可愛い♡と思って注文用紙に記入してたら気がついたらこうなってた」だそうだ。わかる。いやわかるけど。保管用にフォトアルバムまでお買い上げ。なんなら橋本良亮全買いしようか迷ったらしい。大人ってこわい。

その後深夜3時近くまでふたりで写真集や会報を漁りワーキャー言い、電気を消しても友人はウキウキしながら橋本良亮を語った。私は「ねみぃ…」と思っていた。

 

日舞浜でデルサタの真似をして写真を撮るなど愉快に過ごした。そして帰宅後更に友人に驚かされることになる。

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オメェまだ見てねぇだろ!!!!!!!!

しつこいが友人は愛知県在住である。愛知公演は無いので、やはり遠征。コイベビのために東京と大阪に遠征する友人。ジャニオタ夏の全日本大反復横跳び。

詳しく聞いてみると、ぴあを見ていたら土日なのに1階のまあまあ良い席がまだ買えたらしい。べつに良い席で見たいという訳じゃない。友人は空席を気にしており、曰く「はっしーに空席を見せたくない」と。ううっはっしー、いいおねえちゃんを持ったやないか(;;)友人がはっしーに無償の愛を注ぎ始めた(;;) 与える側はめっちゃお金かかるけど(真顔

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………なんか怖いなこの大人たち。

 

もう何が起きても驚くまい。彼女はとっくにクレイジーアクセルだ。たとえこっそりオタ垢を作って情報収集を始めていたとしても(そのアカウントは私にも知らされていない) 、たとえ突然ドル誌の写メが送られてきても(買ったんかい) 、たとえ「7月15日は旦那が居ないからりょうちゃんのためにケーキ買う♡」と言い出しても…

 

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最初はこんなこと言ってたのに。私もまさかこんなにハマるとは思わなかったから、謎に責任を感じてきた。

友人は次回のシングル「JOYしたいキモチ」も購入するそうだ。どうやらこれまでアルバムなどを買っていなかったのは、A.B.C-Zにとって「購入」や「反響」がどれだけの意味を持つか気にした事がなかっただけのようだ。コイベビの空席事情を知ってしまった彼女は今や橋本良亮をサポートしたい状態。彼女も働く大人なので、お金を落とす意味をきちんと知っている。ちゃんとしたファンになってくれて私は嬉しい。友人へ。これから一緒に応援しよう!!!!!なっ!!!!!(いい笑顔

 

 

 

橋本良亮くん、25歳のお誕生日おめでとうございます。自担の誕生日でさえこんなに長いブログは書かないのに、あなたは本当に凄い人だ。はっしーは可能性の塊なんだ。はっしーA.B.C-Zの4人がどうしても手に入れることが出来ない何かを最初から持っている。つまりはっしーは天才なんだよ。私は橋本良亮が好きだ。橋本良亮がいるA.B.C-Zが好きだ。A.B.C-Zは橋本良亮次第なんだ。だからどうか、輝いて。そしてあなたの愛知県のおねえちゃんを幸せにしてあげて下さい。

 

 

 

*1:ほんのりとっつーが好き

*2:文末に「諸説あり」って付ければだいたいのことは許されるって河合くんが言ってた。

*3:ほんでもって盗撮は犯罪ですよ