じゃにおたいちねんせい

アラサーにして突然A.B.C-Zに落ちた人のブログ。

降りたい。

私は「担降りブログ」と「リアコの人が書くブログ」が好きだ。*1どれも物凄い熱量で自分の中のグッチャグチャな感情を引きずり出して見せてくれる。あんまりの熱量に心打たれ涙することもある。たとえその人の担当のことをよく知らなくても。私はいま降りかけているんだと思う。降りるのは塚田担じゃない。塚ちゃんは降り先。

 

これはディズニーから塚ちゃんへの担降りブログ。

 

しかもまだ降り切れていない。だから厳密にはまだ担降りブログじゃない。

担降りナメんじゃねーよと担降り経験者から殴られそうだけど、うるせー!!!!こっちだって苦しいんだよ!!!!「変わらず大好きだけどどうしても苦しいから担降りを決意した」とか「大好きなはずなのに以前のような熱量にはどうしてもなれない」とか、痛いほどわかるんだよ!!!!もうこの感情は担降りでいいだろ!!!!名前を付けて安心したいんだよ!!!!

 

以下つまんねー担降りの経緯が6000字以上だーっと続きます。読む人のことは一切考えないので注釈なしに舞浜用語ぶっこんできます。読みづらいだろうけど自分の整理用だから気にしない。

 

 

 

 

 

 

きっかけはミッキー。

2016年の私は病んでいた。確実に病んでいた。あと少しでミッキーの顔が変わってしまう。あんなに可愛くて格好良くて慣れ親しんでいたミッキーとミニーの顔がひっどいデザインに変わってしまう。

2016年の春頃に発表されたオープン前の上海ディズニーランドのプロモーション写真、ミキミニの顔があからさまにおかしかった。うわなにこれひっどいと言いながらも「上海がオープンしたら香港が空く予定だったのにこれじゃ日本のヲタは上海いかねーなw」なんて余裕ぶっこいていた。あのヘッドは上海だけの治外法権だと思っていた。次に白羽の矢が立ったのはアウラニだったかパリだったかクルーズだったか思い出せないけれど「上海限定ヘッドじゃなかった・・・!」と震撼し、職場で泣いた。もうだめだ、このヘッドがきっと世界標準になる。舞浜にもいつか来る。黒船来襲。所詮フランチャイズ。アメリカ本社には逆らえないのだ。

それからは「いつ来るか」「どう受け入れるか」「どうお別れするか」を考えてきた。結論は出ていない。Xデーの予想は2017年4月だったが、有り難いことにこの予想は外れて舞浜は現在も可愛い可愛い旧ヘッド。旧と呼ばなければならない悲しさね。だって2017年7月現在、旧ヘッドが拝めるのは舞浜とWDWの一部のみなんだもの。変わる前のギリギリで香港キメててよかった。

 

2018年2月、たぶん決まる。アメリカが絡むファンイベントD23 Expo Japan 2018 があるから。きっとそこでアメリカの偉い人がやってきて新ヘッドの導入について語るんだ。いや、性質上明言はできないかな。アメリカの偉い人と新ヘッドのミッキーが一緒にステージに上がってお察しくださいなのかな。わかんないけど。ああ、客席が一丸となってそこで舞台に紙コップでも投げて全員退席すればいい。だって嫌じゃないか。なんなんだあのぜんっぜん可愛くない、なんの感情もなさそうなふざけた顔。ひどすぎる。アニメにより近くなったとか軽量化とか言われているけれど本気であれが美しいと思っての決断なのか?アメリカ人のセンスが全く分からない。改善ならいいけど改悪は許さない。フランチャイズの会社に何を言っても仕方がないから苦情の出し方も分からない。おたくもおたくで「まだ新ヘッドに会ったことない人には分からないかもしれないけどちゃんと可愛かったよ?(海外で一足お先に体験してきましたマウント)」とか、「ミッキーはミッキーだから愛するのが当然。ミッキーが可哀想!(わたしはミッキーの心を愛してるんでマウント)」とかで内部分裂。マウント取るやつらだって、どうせ変わらない方がいいと思っているくせに。なにせ特殊な世界だからおたくもどう接していいのか分からず、多くが「(どうか変わりませんように)」と心の中で唱えるだけのサイレントマジョリティなんだと思う。私もそれだ。何をどうしたらいいのか全く分からん。ここで好き勝手書けるのはどうせ誰も読んでいないという安心感と、このブログは舞浜アカウントと紐づけしていない(匿名)であるという理由。舞浜のオープンアカウントではもう何もつぶやいていない。

 

「ミッキーの顔(旧ヘッド)って角度によって表情が違って見えて、私には本当に泣いたり怒ったり笑ったりしているように見えるんだ」的な薄ら寒いDヲタあるあるポエムを書けば少しは共感してもらえるかな。いや私も本当にそう思うんだけど、なんというかもっとそれ以前に新ヘッドって全く美しくない。生理的に無理。確かにアニメに近い顔になったと思う。首をやって退職する人が多いと聞くから軽量化も素晴らしい試みだと思う。それにしたって美しくない。私はもともとディズニーアニメが好きで、アニメが好きすぎて初めてディズニーランドに行ってミッキーを見たときに「なんか違う」と思った。それでもすんなり受け入れ愛することができたのはその造形の美しさ故だと思う。初めて出会った顔が新ヘッドだったらここまでのめりこむこともなかったかもしれない。ああもう本当に心の底からあの顔は嫌だ。全くもって美しくない。

 

ところで、おたく増えたよね。

いや私も爆発的におたくが増えた30th以降の年パスホルダーなんでアレなんですけど、それにしてもおたく増えたよね。トレグって10~15分がデフォじゃありませんでしたっけ。そんなわけで年々快適さが下がり続けている。もうね、ミキ広最前ドセンとか無理。アーリー使っても無理。リドならワンチャン、ザンビならいけそうだけどアーリー使うならミキ広かリド行きたい。そんなわけでハーバーショーはほぼ見ていない。バナナだけ頑張った。グリもしんどい。トレグに15分以上並ぶとかありえない。フリグリも混みすぎ。まったくもってフリーじゃない。トゥーンとかアメフロとかドナルドとか戦争。フリグリのね、キャラクターがパークに遊びに来るついでにゲストにご挨拶しているっていう前提が私は大好きで、まるで自分自身が映画の中に入れたんじゃないかって錯覚するような瞬間がごく稀にあって、私はその前提を守りたいのに人の波がそうさせない。たまーに上手なキャラも居るけどね。私は写真を撮ることにそこまで価値を見出せないから「お話できてうれしかったから写真はいいの」なんてたまに断ったりして、キャラに「あなたのことを都合のいい被写体として見てるおたくだけじゃないと知ってほしい」と暗に伝えてる。たぶん伝わってないけど、それが私の矜持だからそれでいいんだ。突発整列もひどいよね。あれに並べるのは知ってるおたく(ガンダ)かよほど運のいい人か。豪華なグリができるのはうれしいけれど流れ作業的で、やっぱり私はキャラクターが自由に遊ぶフリグリが好き。

 

そんなわけで最近はフリグリとアトモス少々、時々パレード。フリグリで空いているキャラに遊んでもらい、始まってからでも最前行けちゃうアトモスを楽しんで、パレードの30分前に適当な隙間を探して何ポジでもない最前で見る。悲しき最前中毒。物凄い苦労をして最前を取り全身がしびれて涙が止まらないほどの感動をもらえるのがショーで、なんとなく行っても最前が取れて意外と面白くてテンション上がっちゃったコスパ最高!なのがアトモスなのかな。バナナが終わってからどうしてもガッツが出来ない私はコスパでアトモスを選んじゃう。コスパというと聞こえがよろしくないけど、「ふらっと見て楽しかった」っていう、私が求めるディズニーパークの姿がまだ残っているのがアトモスなんだよね。舞浜のエンタメ、特にショーは本当に素晴らしい。だからいろいろな人に見てほしいのに、最高の場所で見ようとするとそれなりの努力を要する。わたしはねんぱだから何時間でもショーも待てるけど、ワンデーだったら割に合わないよ。おたく飽和状態。そうであってほしい姿をしていない。息苦しい。

 

ていうかおたくきもい。

シンプルにおたくきもい。わたしおたくだけどおたくきもい。消去法や惰性で同じ場所に通っていると常連の顔が分かるようになってくるんだけど、シンプルにきもい。一方的に嫌いな常連とかできると最悪。グリの動機が「あのBBAに負けたくない」とかになってくる。完全に見失っている。

私は最近脱おたくを試みていて、それは精神的な意味ではなく見た目の話なんだけど、ちゃんとおしゃれをして舞浜へ行こうっていうクソ当たり前なところに立ち返ってみた。できるだけ荷物を減らして、きちんと化粧して髪も巻いて、キャラグッズを排除して、きもいおたくの集合体からの脱却を図っている。まぁ基本一人行動だからおたくってバレバレなんだけどさ。パークの景観として気持ち悪くないように気を使っている。そうしたら以前よりグリ運がよくなっている気がするんだけど、これは気のせいかもしれない。とはいえ普通にオシャレしてるおたくもやっぱりおたく丸出しできもいんだけどさ。

とにかくおたくがきもい。多数派だから正義ヅラしてるだけで開園ダッシュも園内ダッシュもグリ地蔵もグレーゾーンから真っ黒なことまで余裕でキメてるキャラヲタがきもい。張り付く中ヲタや判別ヲタは言わずもがなきもい。ダンヲタフェイスヲタ必死過ぎてきもい。毎日勢ほんときもい。目当てのコスプレさせた子供をダシに構って貰おうとするヲタ親きもい。ヲタ親の影響でDヲタ化してしまった子供きもい。撮影厨きもい。軍団きもい。SNSならブロックなりして自衛できるけど、現場で見たくないものが目につき過ぎて吐き気がする。

 

 

 

さて、ここまでゴリッゴリに舞浜の悪口を書いたが私はディズニーが、舞浜が大好きだ。今まで通算何度インしたかもはや分からないが、「今日は来るんじゃなかった」と思った日は本当に一度もない。多少嫌な目にあったとしても、それを上回るうれしいことが必ずあった。これって本当に凄いことだと思う。

2017年に入って、舞浜への重課金が加速した。4月にさようならだと信じていたから、もうミッキーに二度と会えなくなってもいいやってくらい直営ホテルに泊まってショーレスやキャラダイに通った。ねんぱの更新時期と被ったこともあって、たいした収入や貯金もない癖に馬鹿みたいにお金を使った。

ミッキーの顔が変わる、私はそれを受け入れられない。そして舞浜の昨今は私にとってとても窮屈だ。降りたい。

おたくになればいろいろ効率よくおたく事を消化できるようになる。年パスを買えば1日を犠牲にしてショーを待つなんて何も惜しくないし、フリグリやアトモスは時間も場所も非公開だけどぶっちゃけだいたい決まってるし、それを覚えずとも観察すべき箇所を分かっていれば逃すこともない。通ううちに覚えちゃった。というか、きもいおたくに負けたくなくて効率化をはかっちゃった。それは違うってずっと思っていたのに、手を出しちゃった。だからなのか、ワンデーで何も知らない頃に適当な場所で見たショーの方が感動した。時間も場所も知らなくて、本当に偶然キャラに会えた方が嬉しかった。知らなかった頃に戻ることはできないなら、せめておたくやめてワンデーに戻りたい。大切な場所を特別な場所のままにしておきたい。夢と魔法の王国はたくさんの大人の努力で作られていて、努力とは仕組みとか法則とかシフトとか技術とかのことで、それは夢と魔法とはかけ離れている。わざわざ知ることは無かったのかもしれない。でも知らなければ満足できないくらい今のパークは窮屈だ。むきになって、大事にしていた気持ちを無下にした結果がこのざまだ。

 

今年の 1月4日、後の自担になる人、塚ちゃんを知った。その経緯は散々語っているから省略するけど、あのツイートを見た瞬間に何故か「あ、わたしこの人のこと好き」って思った。一目惚れだった。そこから色々調べて「ほらやっぱり!好きだ!」と確信した。舞浜でいろいろなギャップに苦しんでいる隙間に塚ちゃんがするんと入ってきた。きっとこの人のファンになれば幸せになれる。それならジャニヲタになろうと思った。

塚ちゃんを応援し始めて、初めて一人で舞台を見た。私はそれまできちんと舞台を見た事がなかった。興味はあったけど休日は舞浜で忙しいし、チケット代一万円はなかなか手が出ない。実際行ってみると舞台はとても楽しかった。背景を考えれば一万円というチケット代は決して高くないと頭では分かっていたけど、それでもなかなか手が出なかった。しかし体験したら驚くほどすとんと納得した。チケット代一万円の価値を身を以て体験した。そういえば、宝塚を見たいんだった。そういえば、旅行したいんだった。舞浜以外のやりたいことをぽつりぽつりと思い出すようになった。いま私はやりたいことが山ほどある。塚ちゃんが夢の国の外を見せてくれた。Dヲタを辞められるかもしれない。

 

 現在Dヲタとジャニヲタの二足のわらじを履いている。

「このままいけばDヲタ辞められる」と気づいた。Dヲタを辞める気で手を出したジャニーズなのに、いざ辞められると気づいたら猛烈に寂しくて辞めたくなくなった。パークがどれだけ楽しい場所か私は知っている。パークで出会えた大切な友達も、最前ドセンを当てたポリパラも、5月25日にトレイルにひとりで200分並んだことも、あの日のアーリーグリも、あの時の鍵閉めラスゲスも、始発で集合してランドのゲート最前取ってキャラに遊んでもらう楽しさも、クリスマスBBオーラスが素晴らしくてクリスマスの夜なのに一人泣きながらドナ屋前の坂を下ったことも、はじめてキャラとお散歩したことも、しごわでミトミ行こうって約束してたのに友達が年パ忘れて爆笑しながらドリーマーズに行ったことも、みぞれのなか凍えながらショーを待ったことも、ゲスリレ経由でお手紙を書いたくらい素晴らしいキャストさんも、狂ったように通ったテーブルも、見るたびに涙が溢れて止まらなかった旧マメラグも、命懸けで通ったバナナも、仕事が苦しくてどうしてもパークへ行きたくて21:45にゲートをくぐってエントで15分音楽を聴いただけでアウトしたあの日も、朝シェフでミッキーの気持ちがうれしくてガチ泣きしたことも、初めて最前ドセンでミニオを見たことも、キャラと映画の話が出来る嬉しさも、パレードでキャラやダンサーさんが構ってくれたことも、もう二度と会うことはない偶然お世話になった一期一会のおたく達も、ワールドバザールを抜けて見えるシンデレラ城があんまりにも美しくて涙が止まらなくなったあの日も、アトモスに参加したことも、ミラコスタに泊まっておきながら3時に起きて徒歩ゲートに並ぶバカバカしさと、そこまでして最前を取ったショーの素晴らしさも、フリグリでキャラが乱入してきてペアグリできたことも、モンキー全員と遊んだことも、私のことを覚えてくれたキャラのことも、全部、全部楽しかった。

 

ああ、離れたくないな。と素直に思う。おたくやめてワンデーに戻りたかったのにね。戻れると分かった瞬間に突然悲しくなった。大好きなショーはだいたい終わったし、舞浜で出来た友達は遠方になったりねんぱをお休みしたり突然ダンヲタ化して行動を共にする意味がなくなったりで最近はほとんどボッチだ。おまけに引越しが決まって秋から遠方になる。降りようと思えばいつでも降りられる。好きなものがどんどん無くなり、行動を共にする友達が減り、降り先が見つかり、物理的に距離も離れて、降りる環境が揃ってしまった。

担降りブログ愛好家(?)として思うのだが、 まだ降りてないけど降りそうなブログを書く人はだいたいそのうち降りる。もうすぐ私の中で最後の一大イベントが始まるから、それが終わったら降りるのかな。秋になったら「ハロウィン最高!!」とか言ってるかもしれないけど。どのみち遠方になったら陸単だな。シーにはあまり行かなくなったし、さすがに10万(共通)は出せない。更新は2月。きっとねんぱは辞められない。例えイン回数でもとをとれなくても、例え現場が香港メインになっても、舞浜ねんぱは私にはまだ必要。大事な精神安定剤

 

 

 

私はミキヲタではない。でもミッキーは本当に大切なんだ。舞浜パークが大好きなんだ。お願い、どうかこのまま、何も変わりませんように。降りたいけど降りたくない。これからどうしようかな。

 

 

 

 

*1:りあこブログはジャニヲタ界ではなかなか見られないから若手俳優界隈まで出張して見に行っている。若手俳優全然知らんのに。