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じゃにおたいちねんせい

アラサーにして突然A.B.C-Zに落ちた人のブログ。

わたしは塚ちゃんを信じてる

駄目だ何日経っても全くまとまらない。

このブログは「人はどのようにしてジャニヲタになっていくのか」を記録するつもりで、数年後読み返して「なにこれ初々しくて恥ずかP/////」と思えば成功だと思っています。そして書くにあたってウルトラワンダフルピースフルタイムハッピーハッピーな内容にしようと思っています。

 

でも塚ちゃんがそうさせてくれない。

 

もにょもにょしながら書くのたぶんこれで最後だから。なんかここを乗り越えないといけない気がする。

ツイッターなんかで「ブログ面白いです」と言ってもらえるのはとてもうれしいです。でもごめんなさい今回の更新めっちゃ面白くない全然笑えない。以下机上の空論で勝手なことわーわー言ってます若干暗いです閲覧自己責任でオナシャス。

 

ジャニーズWebの「塚打塚助」なんですけど、なにあれめっちゃびっくりした。ブログおよびツイッターがしばらく途絶えるほど衝撃だった。

有料会員限定サービスなので内容に触れるのは極力避けるけど、またしても違う顔を差し込んできおった。

 

私が塚ちゃんのことを好きなのは自分と正反対だからだと思っていた。でも過去の発言などをひとつひとつ拾っていくうちに、案外自分と近いものがある気がする。

詳細は省くが、いわゆる「面白い」とされている塚ちゃんの発言がしっくりくることがよくある。天然や奇天烈と評される発言や行動も、どういった思考回路でその結論に導いたか分かる気がする。もちろんそれは塚ちゃんと話をして答え合わせをしなければ真実は分からない。でも個人的な感覚として、しっくり来てしまう。

一度だけ一人で海外旅行をしたことがある。その頃の私は塚ちゃんの存在すら知らなかったけれど、完全に「塚ちゃん」化していたと思う。極限状態だった。伝わらないかもしれない、困った顔をされるかもしれないなどは考えず、塚ちゃんのようにとにかく当たっていったら思いのほか世界は優しかった。非言語コミュニケーションの方が私には向いているのかもしれないと思っていたが、言葉が通じる日本でもそれくらいの気持ちで行けばもっと生きやすくなるんだろうな。塚ちゃんをロールモデルにするのも良いかもしれない。

ロールモデルにするのは「塚ちゃん」であって「塚田僚一」ではない。なんとなく、塚打塚助で見せてくれたそういった部分もあるというのは気が付いていた。塚ちゃんの思想は優しくて大きい。それは人間の影の部分に理解があったうえでの明るさを持っているからだと思う。

本人は「アイドル塚ちゃん」をセルフプロデュースしていて、陰りの部分は見せないようにしてくれていると思っていたし、見せないでくれるところが好きだと思っていた。そして本人が見せようとしない部分をわざわざ見ようとする必要はないし、個人的にそこまで見たいとも思わない。*1

もちろん「塚ちゃん」も「塚田僚一」も限りなくイコールに近い、裏表のほとんどない人間だと思っている。しかし、塚田少年が何も考えず育った結果には「塚ちゃん」は居ないはず。あれはきっと試行錯誤のうえの努力の結晶。だから好き。

 

 陰の部分を見せないから、安心して楽しく見ていられると思っていた。私が見たいものを見せてくれると思っていた。突然、見たくなかったものを見せてくれた。

「塚打塚助」の1回目を見て、正直なところ気分がズトーンと落ち込んだ。ピースフルでハッピーな現実逃避コンテンツから「現実見ろよ」と言われた気がした。

第一回目をを読んだ時は、苦手な時間帯の勤務+連勤が重なり精神的にキていたようで、突然自身のトラウマを掘り起こされた気がして少し泣いた。今までの人生の挫折とか、うまくいっていない現状とか、生い立ちや両親との関係とか、いろいろ考え始めたら止まらなくて辛かった。それくらい第一回目は刺さった。

私は己と向き合うのは苦しいから日々逃げ続け、見たいものを見せてくれる世界を熱狂的に追いかけている。自覚はあるんだからいいじゃない。そうしないとやっていけないんだもの。自分のことが大嫌いな私は生きるのがとても難しい。

塚ちゃんは強い。自分を俯瞰で見つめている。そしてそれを表に出した。私にはまだそれは出来ない。一生出来ないかもしれない。今も全力で目をそらし続けている。

そんな私でも、塚ちゃんを見始めてから生活が少し楽しくなった。心の中に「塚ちゃん」を飼って、塚ちゃんならどうするかな?って考えたり、たまに励ましてもらったりしている。あそこまでとはいかなくても、自身に少しは塚ちゃんの素質があると思いたい。近付けたらきっともっと生きるのが楽しくなる。

 

わたしは塚ちゃんを信じている。一部の人しか読まない有料会員限定コンテンツとはいえ、表に出したからにはそれは既に己の中で完成しているものの筈だ。今の私のように出口のない迷路をウヨウヨ彷徨いながら書いている訳ではなかろう。「塚打塚助」の続きがとても気になる。あの短文で人の心をここまで揺さぶるのは本当凄いことだと思う。独特な改行や句読点の打ち方がとても気になる。塚打塚助は、塚田僚一さんはこれからどんな世界を見せてくれるのだろう。

辛い連勤が終わって精神状態が落ち着いたあと「塚打塚助」の二回目と三回目を読んでみたら、正直初回ほどの衝撃は無かった。しかし第一回目を読み返してみると、やはり背中がザワザワした。特に句読点を使わない最初の数行。弱い私はすぐにブラウザを閉じてしまった。

 

時折塚ちゃんが後頭部を掻くのはただの癖なのだろうか?

私が今回いろいろ考えたことなんて塚ちゃんにはなんの関係もない。「塚打塚助」はフフッと笑えるオチであってほしい。

 

わたしは塚ちゃんを信じている。

 

 

*1:ド新規だし今までの文献全て漁った訳ではないので以前から小出しにしていたかも知れないけれど、少なくとも普通にテレビで見るタレントの塚ちゃんに塚打塚助は感じられない。